便所の眺めは体に作用する

 便所は家の中で最も小さい室です。人一人がそこに入れば足りるのが大便所で、小さいわけです。私の見た一番ひろい大便所は二畳の広さだったと思います。丁寧に畳を二枚しいた室で、これは明治時代に、ある政治家がつくった延三百坪を越える大住宅にあったものですが、それにしたって、たった二畳なのだから知れたものですが、小さくてもきわめて重要な室です。ある画家は家をつくるとき、ともかく便所だけは気持のいいものにして下さい、と頼みました。その人にとって、たった独りで居られるのは大便所だけで、特別の価値を感じているのだと思います。田舎を旅行したとき、何より有難いのは宿屋の便所が清潔で明るいことです。そういう宿屋は女中の訓練もよく行きとどいています。

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 旅行をすると、よく大便の出なくなる人がいます。宿屋が変ると眠られなくなるように、便所が変ると大便が出なくなるのです。便所の眺めは、知らぬ間に休の奥深くまで作用するもののようです。
 便所は、昔の家造りでは一番敬遠される存在でした。地方の農家には、便所を母屋から離してたてているのが実に多い。それは肥料の貯蔵庫であるためもあるが、母屋にくっつけたのでは臭くてやりきれないためもあると思います。
 家相見が一番うるさくいうのは便所の方位です。やはり不浄の場所だからなので、それを家の鬼門(東北)と裏鬼門(西南)の方位におくことは大凶とされました。じゃあ、どの方位においたら大吉なのか、というと、それがないのです。大抵の方位は凶で、凶でない方位なら良いというくらいのところです。現代の言葉に翻訳していえば、どこへもって行ってみたところで臭くて邪魔なのが便所だ、ということでしょうか。
 だから、便所が水洗式となり、その臭気を気にしなくてすむようになったのは、生活文化の上からいって革命的なことです。明治大正時代の家の汲取便所は、きまりきって家から飛び出したようにつくられていました。
 それが昭和時代に入ってから、玄関の横につけられるものが多くなった。大正式とか内務省式とかいった改良便所の普及してきた結果です。そして、水洗式の普及した現代ではきわめて自由に、寝室のそばに設けたりします。二階に寝室のある場合は便所も二階にゆくわけですが、そういう家も近頃は珍しくなくなりました。
 日本の住まいには、古来客用の便所というものがあります。座敷のそばに設け、ここは広々と、といっても便所のことだから知れたものですが、まあ広々とつくった。その他に家族用の便所、それから女中のいる家では女中用の便所、と中流住宅で便所を三つ持つものが以前は随分あったものです。
 欧米の住まいには、客用の便所というものがあまり見当らない。そのプランを見ると、便所は家族のためだけのもののように見えます。ある商事会社に勤め、英国にながく住んでいた友達が、俺は英国に行ってから、小便が我慢できるようになった、何故って、あっちでは他所の家に行って便所を借りることは大変な失礼にあたるからなんだ、と話していました。
 便所はプライベートなもので、他所の家のそんな所をのぞくのは失礼にあたる、というのが欧米流の考え方なのでしょう。そう割り切ってしまうと、プランは大分つくりやすくなるので、近頃の家にはこの流儀のものが大分ふえてきたようです。
 ただし、こういうことはあります。それは、日本では小便が多く出るということです。わが国は湿度が高く、皮膚から汗があまり蒸発せず、余分の水分がみな小使の方に回るためである。私は、アメリカに行ったとき、急に自分の小便の臭気の強くなったことを感じた。その代り、小便の回数はぐんと減った。空気が乾燥していて、皮膚から水分がどんどん蒸発するため、小便が濃くなるのだと思う。これは医者にきいでみたわけではないが、どうもそうらしい。
 日本の気候は欧米琉のエチケットを守るのにきわめて都合がわるいが、日本の便所は次第に欧米琉になる傾向にあります。

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