高層住宅での生活

 高層住宅に住みついた人達の生活ですが、これは大ざっぱにいって家の中のことと、家の外とのことにわかれます。アパート内の個々の家は普通住戸といいますが、その内部における問題と、建物外の問題です。
 まず外の問題ですが、これまでのように、一軒一軒土の上にたった家がかたまり合ってできている町では、その中に一軒新しい家がふえたところで、大した問題はおこらない。子供の遊び場にしてもどこか近所に空地や原っぱがあるだろうし、八百屋でも魚屋でも近所にあるにちがいない。最寄りの繁華街までゆけば、何でも売っており、スーパーマーケットもあるでしょう。
 しかし、これが都心から遠く離れた郊外に高層アパートが団地としてできたとなると、事情がすっかりちがってしまいます。富士の裾野へ、これはアパートでなく週末ハウスの村を計画している人ですが、何しろ目の前に富士山がかっとそびえているし、夏は涼しいし、ゴルフはできるし、実にいいんですが、買物に困るんです。スーパーにも何十キロもあり全く不便で、今のところ弱っています。といっていようです。
 高層アパート群ができるとなれば、それにくっついてどうしても物を売る施設や、集会場や、子供の遊び場や、公園や、そして小学校中学校とかいった公共的な施設や機関が必要になります。つまり、アパート群をつくるということは、単に住居単位のより集まりをつくるというだけでは意味をなさず、人間が人間らしく暮らすためのすべての設備をそこにそなえ、新しい住むための町をつくらなければならないということになるのです。

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 では、既存の町では人間が人間らしい生活をいとなんでいるのかというと、もちろんそうはいいきれない。第一に子供の遊び場にしても、すでに住宅敷地の極度まで切りつめられた現在、庭に子供たちが遊ぶだけの広さがなく、道路に出て自動車の悪戯をしているうち横から来た仮免許の自動車にはねられたとか、マンホールに落ちたとか、門の扉の下敷きになったとかいった子供の死亡についての新聞種が絶えるひまがありません。
 通学にしてもそうで、神風タクシーや砂利トラックのつっぱしる往来をつっきらないと学校へゆけないことの方が多いでしょう。また、こういう過少敷地の住宅群のためには、人間の心身をやすめる公園緑地があちこちになければならないはずですが、主要都市でそんなものは薬にしたくてもない。また、家と家とがくっつき過ぎてしまい、充分な日照や採光のえられない家が日々にふえつつあります。要するに、既成の大都市は人間が人間らしく住む場所として、すでに失格しているのです。
 だから、高層アパートの団地をつくるということは、人間的な生活の復活ともいえるので、都会生活は今丁度そういう方向への曲り角にさしかかっているといっていいのです。
 次に家の中の生活だが、これは家が高層になったからといって、そう大した変化は生じないと思う。現在、アパートに暮らす人達は、狭過ぎてこまることをしきりにいうらしいが、それは何も高層だからそうだというわけでなく、これからもっと広い単位をもつアパートさえできればそれでよい、もっともそうなると今より家賃が高くなるという大問題がひそんでいるが、これは別の問題として触れないことにしましょう。
 地上に立つ家にくらべて高層のアパートの断然すぐれているのは、日当りのいいこと、部屋の明るいこと、風通しのいいこと、はえや蚊の全然いないこと、などでしょう。また、独立住宅ではお金がかかって仲々できなかった完全な暖房設備や衛生設備もここでは容易にできるでしょう。それに、耐震附属的に計画されているはずだから、木造の家に住むのとちがい、地震や台風のときも平気で住んでいられるはずです。ひっくるめていって、生活の程度が一挙に向上することはたしかです。
 現在、そういう災害の中で、超高層アパートにとって一番頭痛のたねになっているのは火事で、その場合外へ逃げ出すわけにいかないから、避難の施設がよほどうまくできていないといけないことになります。ともかく、家の中に燃え種となるような木製やプラスチック性の家具が多いと大火事のもとだから、将来二〇階とか二五階とかいったアパートができる場合は、中の家具のあらかたを燃えない材料のものにしなければならないでしょう。ながい年月、生活の中でなじみ親しんできた木という材料とも別れねばならないので、そういうことが人間の心理にどんな影響を与えるか、これはもうすこし年月がたたないと判らない問題です。
 次に、生活そのものについてですが、地上の独立住宅とちがってくるのは、隣家との交渉が密になることです。隣家といっても、この場合は上下左右が隣家だが、それらとのいろいろな交渉です。
 まず音の問題についていうと、建物の構造体を伝わって音が非常に遠くまできこえることです。たとえば、夜おそくどこかの酔払った御亭主がこつこつと階段をのぼって来たとしよう。その靴音は、おそらくアパート全体に伝わるにちがいない。病人がいれば、その枕元へもひびいて来るだろう。また二〇階建といったようなアパートになると、どうしても家全体の重量をへらさなければならない必要上、室と室とを仕切る壁が軽くなり、音が通りやすくなる。音の中でも中音高音の話声はどうやら壁が喰いとめるだろうが、ねむってからの軒のような低音までうまく喰いとまるかどうか、ちょっと疑問です。また、水洗便所を流せばその音が方々へ伝わる。パリでは夜更けにそういう音を出すことが軽犯罪になっていると聞きました。
 アパートというものは、入口の鍵一つかってしまえば、たとえその中にどんな多数の家族が住んでいても、生活を完全に他から切り離すことができます。しかし、こんな風に音によってお互い同士の間にいろいろな交渉がおこることを避けられないのです。
 また、現在のアパート生活で見ると、上階の家の洗濯機からあふれた水が下階へ漏って来たとか、どこかの家の便所で不用意に流した脱脂綿が排水管につまり、それから上部全休の汚水が流れなくなってしまったとか、いろいろな問題がおこっています。
 また、どこかの家の御主人が毎朝犬をつれてアパートの廊下を散歩する、よその犬ぎらいの奥さんがこわくてそれとすれちがうことができず、喧嘩の種になった、とかいった今までの独立住宅の生活になかった問題がおこってきます。
 要するに、これからのアパート生活にはそれにふさわしい新しい暮し方が必要なので、今はまだ過渡期のため、不必要な悶羞の種がふえているのだと思います。ともかく、塀で囲まれたこれまでの独立住宅の生活はあまりにも各自がてんでんばらばらに過ぎた。アパート生活では、もすこしお互いの間のエチケットが必要となります。エチケットとは社会生活を円滑に行うための一つの技術で、中身のからっぽな単なる礼儀ではないのです。
 しかし、その一面、おのおのの住戸の中の暮しは原則的にこれまでの生活と大差なく、独立住宅で得た知恵はながくアパート生活にも役立ってゆくと思います。高層アパートに住んだからといって、食べ物がかわるわけでない。これまで、朝味噌汁をのんだ人は、やはりこれからも味噌汁をのむでしょう。また、きものがかわるわけでもない。夫婦が仲よくしたり、喧嘩したり、そして子供をうんだり、その子供がいたずらをしたりすること、一切これまで通りなので、住の本質は土の上に建つ独立住宅だろうと、超高層アパートの最上階においてだろうと、全く同じものと考えていいと思うのです。
 同じでないのは、生活とまわりの社会とのつながり方で、壁の向うも床の下も他所の家庭という生活では、ひとの生活をいたわり、ひとを大切にし、尊敬する気持が余程しっかりしていないと、うまくはゆかないでしょう。その意味で、これからのアパート生活は独立住宅の場合より一歩進んで人間的なことが必要だといえるのです。

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