住宅環境

 住宅というものは、単に交通に便利であるとか、建物が頑丈にできているとか、というような外面的、技術的な標準だけでその善し悪しを評価できる時代は過ぎました。今日では、人間の生活環境全体の高い次元より住宅の価値を再評価すべき時代となったのです。
 この問題は、最近の公害問題、環境問題等に象徴されるように、一国の国内問題であるよりは、むしろ世界人類的な規模において、解決の基準が確立されるべき問題として展開しつつあることは、衆知のところです。
 住宅環境の問題も、環境一般の問題の有機的な一部として考えられなければなりません。とくに住宅は、人間がその所属する階層、階級、職業等を超えて、すべて平等に人間としての尊厳を保障され実現さるべき場所です。
 憲法二五条にも、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進につとめなければならない」と規定されています。

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 ここにあげた憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活」という規定は、人間らしい生活環境で生活することを保障されるという原理を表現したものであるから、そこから環境権という法理が発生するものと解することが可能です。しかし、この環境権という法律用語は、未だ単一の法体系によって統一されるには至っていません。しかし、今日では、法律学者および法律実務家の間でこの法理の存在を否定するものはほとんどいないといっても言い過ぎではない段階に到達しています。ただ実際的、具体的には、次に述べるように、各種の法律体系の中に分散して処理されざるを得ない点が法律の素人にとっては理解を困難にする根本的な事情といえます。
 衆知のように、昭和四二年には、「公害対策基本法」が制定され「大気の汚染・水質汚濁・土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下、悪臭」について、国が総合的な対策を樹立し、「もって国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全」するものとされています。さらに、昭和四六年には「環境庁設置法」が制定され、環境庁が発足するに至りました。しかし、これらの法律や行政官庁の設置も、環境庁の一部活動を除いては、国の基本的な法律体系や政策が依然として停滞しているため、良好な環境を保全するという目的を十分に達成するには至っていません。
 住宅環境を守る法律としては、公法の体系にはいる法律と私法の体系にはいる法律との、二本立てになっている点をとくに注意しなければならないのです。
 公法というのは、本来行政機関がその行政活動、行政的取締等を実施するにさいしてその根拠となる法律をいいます。これに反し私法とは、市民間の利害の調節をはかることを目的とする法律です。建築基準法、宅地造成等規制法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、海洋汚染防止法などは、公法の体系にはいりますが、民法、借地法、借家法などは私法にはいります。
 公法と私法とは、しばしば共通の対象および目的を有することがあるようにみえる場合があります。たとえば、建築基準法では、いわゆる北側斜線の制度を設け、境界線から一メートルないし一メートル五〇センチの距離をおいて建物を建築すべきことを義務づける場合があり、また民法では、境界線から五〇センチメートルの距離をおいて建物を建築すべきことを義務づけています。ともに、一見すると日照権を保障しようとする立法の意図であるように解釈されるかもしれない。しかし、建築基準法の方は多少、日照権に対する配慮をしているといえますが民法の規定の方は単純な作業空間としての意味しか持ちあわせていない。もっとも、民法の湯合には、必ずしも明文の規定によってのみ日照権が保障されることになっているわけでなく、むしろ、より包括的な、たとえば、所有権、占有権、借地権、借家権、さらには人格権、などの諸権利を基礎として日照権を主張することが可能であり、むしろそこに民法の私法としての味があるといえます。
 公法に違反する場合には、行政機関がその違反を是正するために乗り出すたてまえとなっているのに反し、私法に違反する行為は、被害者たる私人がみずからその是正のための手段をとらざるを得ません。いいかえると、公法に違反する建築等が行なわれる場合には、建築確認をした行政機関などが、その違反の是正のために建物の改造や除去を命ずるたてまえとなっているのです。もっとも、実際には、違反建築によって被害を受けるのは、建築場所に隣接して居住している私人であることが多いから、そのような私人は当該行政機関に対し、違反建築の改造や除去を命ずるようある程度強く要求する利益があり、その利益を権利と呼ぶこともできないではありません。しかし、行政機関としては、私人によって行政権の発動を強制される前に、自立的な判断、裁量にもとづいて行動を関始しなければならないわけです。
 これに反し、私法に違反する建築などが行なわれる場合には、私人が民法の原則に従い、まず相手方にそのような建築計画の修正や建物の改造、取壊し等を要求しなければなりません。相手方がこの要求に応じない場合にも、私人は実力で相手方の建築を差し止めたり、取り壊したりすることはできません。この点が、行政機関のようにみずから行政権の作用として、建築の差止めや改造、除去等をなし得るのとは立場に本質的なちがいがあることになります。したがって私人が私法にもとづいて行動を起こす場合には、みずから裁判所に訴えて、建築の差止めや除去などを求めることにならざるを得ません。
 法律の素人が、しばしば迷うのは、このような私法と公法との法原理上の相違です。私人としては、むしろ本来ならば居住権を基礎とした主張をするわけであるから私法にもとづくいわば民法上の要求を相手方にぶっつけたいわけですが、相手が応じない場合、裁判所に民事訴訟を提起する費用やわずらわしさを遅けようとして、行政機関にその是正を求めようとするにちがいありません。
 ここから私人と行政機関との対立がはじまる。つまり、行政機関としては私人の要求にもとづいて行動するのではなく、みずからの主体的判断にもとづいて行動するわけですが、被害を受けた私人としては、自己の被害を行政機関によって救済してもらおうとするから、いきおい行政機関に対して私法を基準として行政的措置を求めるという結果になりがちです。
 しかし、より高い次元から考察すると、公法と私法とは、かなりの程度において、融合ないし協力することが必要であり、また可能なのです。たとえば日照権を考えてみると、民法上の所有権、 占有権、借地権、借家権、さらには人格権などにもとづいて日照権を主張することが、こんにちでは十分に可能となっていますが、建築基準法上でも、それと同一の法原理に立脚して日照権の保護規定をおくことが必要であり、もしそうなれば、私人は私法によって保護されている住宅環境の権利にもとづき、行政機関に対し行政的措置を法的に要求することが許されるはずだからです。このような事情は、騒音、悪臭、地盤沈下などについてもほとんど同様に理解してもよい。

住まい暮らし生活
住宅環境/ 環境権の具体的な問題/ 眺望権を侵害されたときの対抗法/ ごみ処理場の建設に反対できるか/ 工場の騒音で夜も眠れないときの対抗法/ 養豚の悪臭やハエの発生がひどいとき/

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